ローマから特急フレッチャロッサでフィレンツェに着き、駅前の定宿バリオーニに荷物を置いたあと向かったのは裏地店マリック。マリックはフィレンツェ随一の目抜き通りトルナブオーニの中程あたりのストロッツイ宮から一本入った便利なところにある。先月のうちに1月12日には行くからねとメールしたが、先週店主アンドレアさんから酷い風邪をひいて一週間店を休んでいるとメールが来た。なんとかタナカが来るときは店を開けるとメールがきたので心配しながら行ってみたら思ったより元気で安心した。いいキュプラ裏地が入荷したばかりだそうで、その中でとくに良い色をじっくり選んだ。その他にも個性的な裏地を選んだので到着を楽しみにしている。アンドレアさんの奥さんフランチェスカさんはマリックのすぐ裏にあるプラダに勤めていて、フィレンツェの名サルト(テーラー)、セミナーラの当主と従兄弟の関係になるらしい。もし可能ならセミナーラさんに表敬訪問することは出来ないかとアンドレアさんにおそるおそる聞いてみたら、連絡をとってくれて訪問しても良いと快諾してくれた。
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アンドレアも元気になってよかった。
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今回マリックで買い付けた裏地の数々

フィレンツェの有名テーラー、リベラーノリベラーノさんはサンタマリアノヴェラ教会を南に行った分りやすい場所で知っていたがセミナーラさんの店はフィレンツェになんども通っても知らなかったのは路面店ではなかったから。フィレンツェの心臓部とも言えるサンタマリアデルフィオーレ教会洗礼堂の間の道を入った建物の四階にセミナーラはあった。閉まった門についているブザーをおして門を開けてもらい階段を上って行く。テーラーがテーラーを訪問するのはやはりそれなりに緊張する。ましては今回は試しに洋服を誂えるわけでなく表敬訪問だけなので、ぶしつけにならないよう心をくばりながら戸を開けると当主のジャンニ・セミナーラさんが笑顔で迎えてくれた。ジャンニさんはいままでにお会いした事のないようなジェントルマン。お店は大きくはないがまるで小さな美術館のようでここならエレガントなフィレンツェ流ハンドメイドスーツの雰囲気が醸し出されるとすぐわかった。サロンの隣には工房があり女性がとても丁寧に裁断されたパーツを縫い合わせていた。また若き日本人女性もひとり働いていた。彼女がいるから日本からオーダーしにいってもスムーズに対応してもえらえるはずだ。ジュゼッペさんは明るめのブラウンのウインドペンのジャケットを着ていてそのラペルはけっして高すぎる事も無くそして上品に傾斜がついていてこれがまさしくセミナーラさんのハウススタイルなのだろう。試しに着させてもらったがサイズも違うわたしだったが着ごこちあくまでも軽やか。名サルトの服はさすが違うと感服した。ジュゼッペさんと洋服について語り合ったが、ロシアや東欧にはすぐれた手縫いの職人さんが現在でも沢山いるが、それがイコール美しい洋服につながらないそうだ。戦乱等の荒れた環境のなかで良いスーツつくりはやはり難しいという事らしい。クラシックなスーツつくりは流行を追うばかりではなく、ウフィッツイ美術館にあるような世界最高の絵画、彫刻を沢山見る事によって磨いて行く「感覚」「センス」という事が大切だとおっしゃっていた。ナポリ同様フィレンツェはルネッサンスの昔から洋服作りのさかんな場所だった。羅紗つまり紳士服地組合もあの巨大なサンタマリアデルフィオーレ教会の建設に多大な貢献をしたそうだ。いまも共和国広場の近くにはいにしえに羅紗商協同組合だった石造りの建物が残る。セミナーラさんの窓から見えるフィレンツェの美しい景色をみてワインと同様、セミナーラさんの作る服にはこのフィレンツェの文化が深く染み込んでいると実感した。

洋服はオリジナルは西洋の服である。洋服だけ見ていると日本で作られている洋服もヨーロッパで作られているものもあまり変わらないかもしれない。しかし実際西洋のどんなところで生み出されているかその現場を見る素晴らしい経験ができた。セミナーラさんは完全ハンドメイド、わたしどもの服は工場生産であるので差があるのはあきらかだ。でもミラノの有名洋服学校セコリ講師の資格をもつ日本を代表するモデリスタ柴山登光先のパタンから流れるヨーロッパ本道の洋服の血が当店の服にも流れている。すべてのスーツにイタリアでクリーノといわれる本バス毛芯を使うのもイタリアからの強い影響であるしセミナーラさんが使うマリックの裏地を当店でも使う事ができる。フィレンツェから遠く離れた日本、名古屋にある当店のお客様にもすこしでもこの西洋から来た服、「洋服」のすばらしさを味わっていただきたい。そのために今回名サルト、セミナーラさんに訪問できた事は本当に有意義だったと思う。
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右がジャンニセミナーラさん左はここで働く日本人女性
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ジャンニさんご自身の服を試着させてもらった。やさしい味わいのラペルだった。
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まるで小さな美術館のような店内。天井には壁画が。
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明るいラボラトリオでは女性が丁寧に仕事をしていた。
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ラボラトリオの窓からはフィレンツェの美しい風景が。


セミナーラを紹介するビデオを見つけた。