夜タオルケット一枚では風邪をひくくらい寒く感じる季節になった。ことしは秋の到来が早くて嬉しい。そして当店にも秋のお洒落の準備に多くのお客様がご来店されている。本当にありがたいことだ。
昨日のお昼頃、当店の前の駐車スペースに上品なブルーメタリックのポルシェボクスターが入って来た。誰だろうとおもったら、私にとって最初のお客様とも言えるMさん夫妻だった。わたしは1982年初夏から東京根津の伊丹裁断教室で伊丹嘉之先生に個人教授を数ヶ月受けた後、縫製工場での研修をして秋から洋服屋としての第一歩を踏み出した。9月に秋冬オーダーの始まりに当たり、いきなりしらない会社に営業に行くのはむずかしかったが少しはツテが有るならと考え、どなたか作っていただく方がいないかと従兄弟に相談したところとりあえず従兄弟の勤めていた当時金山にあった不動産デベロッパーに営業に来いということになった。その前の日に母が自宅で階段から落ちて頭に軽症を負ったということがあった。魔法瓶と茶碗をもったまま階段をおりようとして足がもつれ階段の上から下まで落ちたのだ。打ち所が悪ければ命も失う事もあるケースなのに幸運にも軽症ですんだ。それをみて、私の店を親身になって指導していただいていた近所の方は、それはいわゆる「厄落とし」といって良い前兆かもしれない真剣な顔でおっしゃった。母はまだ45才前。
それが当店の開店前夜のてんやわんやの風景。当日、頭に絆創膏を貼った母と二人でその会社のビルの階段を上がって行った。知らない人が沢山働いている会社に営業に行くのは本当に度胸がいるものだ。社員に声をかけていいからだれか作っていただく方が会ったら作ってもらいなさいと許可をいただいていたので冷や汗でシャツを濡らしながらも錦のオーダー屋です、スーツのオーダーはいかがですかと社員さんに声をかけて行った。幸いな事に二人くらいからつくってもいいとというお声をいただいたが、もうひとり、俺はいま忙しいけど、多治見の営業所にきてくれたらオーダーしてもいいよと言ってくれた方がMさん。それから多治見の営業所に伺い英国製ペッパー&リー社モヘアウールのスーツをオーダーしていただいたのがおつきあいの始まり。いくらお洒落好きとはいえ当時22才のなにもしらない若造の私はもとアイスホッケーの選手でおしゃれなアイビーファッションを身につけていたMさんからいろいろ教えてもらいながらそれから何着、いや何十着作っていただろうか。ぼくが結婚したときお祝いにふたりにいば昇でごちそうするわといわれ夫婦でうな丼をごちそうになったこともある。今は神戸の建設会社の社長をされているが、年に一度は超美人の奥様と二人で当店に立ち寄ってくれる。もちろん大事な大事なお客様でもあるし、人生を一緒に歩いて来た方とも思える。サラリーマン生活もあと1、2年かなあとおしゃるMさんだが休日ごとの奥様とのゴルフで顔色はまさに赤銅色で元気そのもの。これからも元気で人生を楽しんでほしい。