今日名古屋は冬の爆弾低気圧の影響で大雪。朝起きたら目の前はまさに銀世界。前日の天気予報で知っていた事だとはいえ、普通に過ごした昨晩との窓の向こうの景色の違いに目を疑った。しかし名古屋の真ん中に店を構えている店主としては雪が残っていたら家の前の道で道行く人が転んでケガをしてもいけないので今朝はまず店の前の雪かき。そうこうしていたら8時前には家の前に大型バンが止まる。補修工事をしている鈴木アデックスさんの職人さんだ。約束の午前8時半にきちんと到着するためにはきっとまだ雪が降っている外が暗いうちから準備をしなくてはいけなかっただろう。そんな真摯な姿勢が胸を打つ。
今回の補修工事は壁面、床、天井の張り替えのほかにわたしが机としてつかっていた「裁ち台」の移動がいわばメインイベントとなる。裁ち台とは羅紗つまり紳士服地を扱う商人のシンボルでもある。戦後祖父は熱田区沢上からこの当時は宮町とよんでいたここ錦3丁目に越して来た。ここにきて最初にやったことはこの裁ち台の設置だったはず。当時名古屋で一番腕が良かったといわれる山田木工所に裁ち台の製作を依頼した。この台の上でどのくらいの紳士服地がカットされてテーラーに渡って行ったのだろうか。35年前羅紗商からテーラーに変わってからもこの台は当店のど真ん中に君臨した。しかしある改修の際にぼくの机としてつかわれることとなっていた。本来服地をカットする台だったものを事務机としてつかっていたのだからもし裁ち台に魂があるとしたら不本意だったと思う。そんな裁ち台の気持ちを汲み取ってこのたび本来の使用目的に沿って使うようにした。当店もおかげさまで一着づつカットした服地だけでなく服地をロールで巻いた反での買い付けも増えて来た。いままで普通のダイニングテーブルに反を乗せてカットしていたがそれではプロフェッショナルの仕事とは言えない。伝統的な裁ち台で素材をカットしてこそ素材もクラシックスーツにむけての旅立ちのはじまりというものだ。このたび鈴木アデックスの代表、鈴木康仁さんもそんな思いをくみとってこの裁ち台に威厳が出るよう演出してくれた。本日この補修作業も完成でまさにグッドジョブである。60年の時を超えて本来の目的にもどった裁ち台を今、独りでながめていてきっとあちらの世界の父や祖父、祖母もよろこんでくれているだろうと思っている。
60余年の時を越え本来の目的のために蘇った裁ち台。
店から見てバックヤードに鎮座する裁ち台が見えるように設計してもらった。
今朝の当店はこんな感じだった。こんな朝、時間通り仕事にきていただいた鈴木アデックスさんの職人さんたちにほんとうに感謝。