ことしは秋冬のオーダーは8月23日からはじまりました。多くのお客様にオーダーいただいていますが、10年ほど前までは、9月の初旬、ちょうど今日くらいが秋冬オーダーの開始日でした。ダイレクトメールも出し、ほんとうにお客様がご来店してくれるのかなとこの時期は毎年ドキドキしていたことを忘れることはできません。

いまはおかげさまで名古屋の人気店と言われるようになりましたが、過去の不安な日々を9月の今頃は思い出してしまいます。23才の時、父はテーラーに紳士服地を販売する羅紗商をやめてオーダースーツのショップを始めるということで、大学をひきはらい、東京の本郷の伊丹洋服店で裁断の勉強をし、東大阪の縫製工場で業務の勉強をして、このお店に入り、初めての秋冬のオーダー開始の日をむかえたことはことのほか印象的です。

名古屋の新道という菓子問屋がならぶ街で営業のご挨拶として渡す飴を買い求め、当時43歳くらいでまだまだ若かった母とともに金山駅近くにある大手住宅デベロッパーに職域営業にうかがいました。23才の若造がデスクでバリバリ仕事をしている大のオトナにスーツはどうですかと言っても良い返事をしてくれる人はまずいません。恥ずかしさのあまり身体中に汗をかきながら何人かに声をかけ一人だけ色よい返事をしていただけるひとに会いました。その方は今でもお客様です。
それから店に帰ると母の姉が来店していて、母がお茶でも持ってこようかと3階に登ってお茶を持って降りてくる時、足をもつらせて、コンクリートの階段の上から下まで落ちて母は角で頭をぶって血まみれ。もうだめかとおもいましたが意識はあり、そのまま外科医に行って処置をしました。その後は後遺症もなく、ほんとうに運が良かったのですが、私どもの新たな船出を知っている恩人がたまたま来て、こういう事件はいわば「厄払い」でこの店が成功する前兆だと言っていたのが忘れられません。こちらは母のことも心配でなにいってんだろと思ったものですが結果的にはその言葉は的中し、つつがなくその最初の年の秋冬のシーズンを迎えられたのを覚えています。

先々代から使っている裁断台。オーダーサロンタナカのバックヤードには羅紗店の香りが色濃く残っています。