フィレンツェでアンドレアの裏地店「マリック」を知ったのはたぶん5年ほど前のことだった。裏地はオーダースーツ、ジャケットにとって表地に次ぐ、重要なパーツ素材。テーラーの間ではびこっていた、安易にブランドネームをジャガードで織って服地に付属してこれは「こーきゅーな」ブランド服地でございというあまりに本来のクラシックスタイルの特徴である「アノニマス=匿名性」への無頓着さにいつもなんとかならないものかと考えていた。フィレンツェの中心だが細い通りをあるいていたら目に入ってきた色彩の洪水がオーダースーツに使うキュプラ裏地だと知った時は私の店にいままで欠けていたパーツが見つかった気がして本当に飛び上がるように嬉しかったのを覚えている。それからずっとマリックの裏地を買い付けてわたしもとても満足しているし多くのお客様にもとても喜んでいただいている。
毎年恒例のピッティ詣でにはマリックの店主、アンドレアと会い、まず成田空港で買ったその年の陶器のエトを渡しお互いの状況を語り合うのフィレンツェに行く楽しみの一つにもなっていた。今回もだいぶストックが少なくなってきた色もあったりお客様からこんな素材があったらいいなというリクエストもあた。お正月休みだった一月二日アンドレアからメールがあった。なにかなあと思ってわたしのつたないイタリア語で読んでみたら緊急外科手術を受けてしばらく20日まで店は休むと書いてあった。裏地のことはともかく何度もあってアンドレアはいい友達だと思っているので裏地が買えないのは残念ではあるけど彼がどんな手術を受けたかが心配でしょうがなくなってきた。元気なアンドレアのことだからたいしたことはないとは思ったがバイク好きの彼のことがだから事故でもあったのかとかひょっとしたら悪い病気ではないのかなと思ってきた。話し言葉だとあんがい簡単なイタリア語なのでアバウトにはなせるがやはり文章を書くのはお正月ボケの頭にとってしんどい。それでもアンドレアのことが心配なので久しぶりにイタリア語辞書をめくりながらなんとかメールを書く。しばらくするとアンドレアからもメールで奥様のフランチェスカのつとめるフィレンツェの中心にあるエトロのフラッグシップ店でフランチェスカに会いにきてくれとのこと。
毎年恒例のエトも渡さねばならないのでピッティウォモで頭のなかが沸騰している中だったがエトロにいくことにした。(エト、エトロ!)店内でフランチェスカを呼んだらすぐ現れてなんと店でアンドレアは待っているとのこと。ええ?!手術を受けたんじゃないのと思いながらフランチェスカに導かれて店に行くと元気なアンドレアの姿がそこにあった。とてもビックリしたがほんとうにこころから嬉しかった。急だったのでイタリア語も調子が出なかったがどうして手術に至ったかをたずねたところ急性のヘルニアだったようだ。症状が悪化して病院に運ばれ手術が決まったベッドの上で、ああ、1/11にはタナカが店にやってくると脳裏をかすめたそうだ。イタリアのフィレンツェからそう思ってくれてなんか感激した。幸いにして手術後はやく退院でき回復も早くぼくがくるのを待ってくれたそうだ。なぜかメールも届かずそんな事も知らずにエトロにアンドレアの状態をききに訪れたのが幸いしたのだ。うれしくなって新しい色のキュプラ裏地や新しいデザインの裏地もたくさん買い付けた。今回買い付けた裏地はそんな幸せな気持ちが入った裏地です。
今回買い付けた裏地とアンドレア
アンドレアの店マリックはいままで気がつかなかったがフィレンツェ出身の現代彫刻家マリーノ・マリーニ美術館の建物のテナントとなっている。この美術館もじつは古い教会を改造したものだ。今まで入ったことがなかったが今回入ってみることにした。メディチ家が芸術を育んだ街フィレンツェが生んだ現代彫刻家の力強い造形のブロンズが多く並んでいてぐっとくるものがあった。
マリーノマリーニ美術館