この水曜は思いきって、ひとり今年の桜を惜しんで吉野に出かけた。南北朝、源義経、秀吉の茶会など何度となく日本史の表舞台に登場する特異点とでも言う吉野の地に行きたいとは思っていたが、紀伊半島の奥で名古屋からはアクセスがよくないと思い込んでいた。友人のシモちゃんがときどきドライブに行っていたので聞くとじつはそんなに遠くはないとのことなので前日のうちに朝一番の近鉄特急の指定席を手に入れておいた。近鉄名古屋駅から大和八木までは特急で約一時間半、それから橿原神宮駅まで乗り換え、吉野線という単線で吉野に向かう。やはりこの時期吉野に向かう乗客は多く車窓からは春に霞む大和の山並みや里に古き良き日本を感じる。
一時間あまりで吉野駅に着いたが終点の観光地だからか吉野駅の風情は英国ロンドン近郊のウインザー駅にどこかにている。吉野駅は吉野山の最下部にあるのでとにかく上を目指そうとバスに乗る。15分ほどかけて中千本という停留所に着きそこからもう一度こんどはマイクロバスにのりかえ吉野山の奥千本まで細い山道を15分ほど走る。着いた場所からコンクリートのきつい坂を上ると金峯神社。そこまでは満開の桜の木がちらほらあった。ただ遠景の山並は美しいがイメージした絶景というほどではない。そこから下に向かって細い尾根の道を降りて行く。歩く道すがらには由緒がありそうな地点がたくさんありゆっくり見たいのだが、観桜の時期で人出が極めておおい中にもかかわらずとんちんかんなマイカーが歩行者をかき分け通って行くのが正直うっとうしい。なんどかドアミラーに手があたったほど。別に痛くもかゆくもないが。この時期だけは周辺住民でない他府県からのマイカーは立ち入り禁止にすべきだと思う。しばらく歩くと、水分神社にでる。神社の中庭に一本咲く山桜が美しい。まだこのあたりの桜は散っていない。それからすぐの花矢倉展望台からは、写真でよく見る吉野桜の景色が広がる。尾根伝いに桜のコリドーがずっとつづきそして蔵王堂の伽藍が眺める。古代から日本人が心底あこがれた景色を見る事ができて本当によかった。吉野の桜はソメイヨシノではなく山桜、散り始めではあるがこの眺めを見られただけでもありがたい。
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吉野、奥千本の入り口 金峯神社
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上千本 水分神社境内の桜は満開
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花矢倉展望台からの景色は花の回廊。

桜について以前はそんな思い入れもなくむしろ花より団子の口だった。20年前だったか父親が入院した時ちょうど桜の時期で、手術の前に病院の近くの鶴舞公園で花見をした。桜を見た父の目はあと何回見られるだろうと語っているような気がした。それから2度桜を見たのち父は旅立った。それ以来桜にこころ惹かれるようになった。

展望台からつづら折りの下り道には桜がそれこそ咲き乱れ、満開からはすこし時間が経っていたとはいえまさに桜の園。曲がりくねった道はまわりに店が立並びにぎやかさが増す。しばらくいくと吉水神社。ふらっと寄るとそこから見える遠景の桜は一目千本といわれるすばらしい景色だった。満開、散り始め、新緑、それらの色が混じり合って華麗なグラデーションを描いている。かって後醍醐天皇ひきいる南朝の皇居だったここには最古の書院造りの建物があり、義経弁慶、静御前の伝説、後醍醐天皇の御物、水戸光圀の書状、一休禅師の墨跡など日本史好きにはたまらない場所でここ吉野を「国軸」と称するのもわかるような気がする。そして吉野で一番大きい寺院、金峯山寺蔵王堂では日本最大の秘仏といわれる金剛蔵王像のご開帳が行われていたので堂内に入る。三体の蔵王の巨大な青い恐ろしげな顔は一目見たら忘れる事はできないだろう。ラピスラズリにも似た青というたぶん昔なら最高に高価な絵の具を大量に使ったその仏の青はほかで見た事のない色。その前には障子で仕切られた8つの個室のようなスペースがしつらえられて「発露」といって巨大な蔵王権現ひとりきりで対峙して座って懺悔をする行がおこなわれていた。わたしも2分間だけではあったがしばし今までの生き方を反省しつつ権現様に叱られた気分になっていた。 

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振り返ってみれば桜の錦絵図
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吉水神社から一目で千本の桜が見える。
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日本最古の書院 後醍醐天皇玉座 左に書院造りのシンボル、違い棚が見える。
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吉水神社の庭越しの蔵王堂
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蔵王堂内部は撮影禁止