ひとの人生には必ず終わりがある、すべての物、コトが永遠に変わらないことはないとずっと仏の教えに説かれています。しかし私自身それを実感するのは60才を過ぎてから。それ以前は感覚的に若いままずっと周りの環境もそのまま続くような気がしていました。そんな愚かな自分ですが今は自分、家族、友達がずっと一緒に続くことはないという現実にやっと向き合っています。
わたしの古い友人公文康成くんは、膵臓がん宣告以来5年半生き抜いて、今週月曜日68才で逝きました。このブログでも時々Qさんという名前で登場していたのでご存知の読者のかたもいらしゃるかもしれません。
まだ12歳の少年の時、中学一年の教室で隣り合ったのが最初の出会い。小学校時代転校続きだった彼が最初にできた友達がぼくだったそう。それからもう55年。なんだかんだと自分の人生のほとんどつかず離れずいっしょにいたこととなります。
強靭な心を持つがんサヴァイバー戦士でした。膵臓がん宣告から、いっとき抗がん剤で味覚が失ってつらいという事以外、彼から死にたいとか泣き言を聞いたことはありません。つねにただただ前向き。5月末、緩和ケア病棟にお見舞いに行ったとき、もし2か月以上生きたらこの緩和ケアを追い出されることになるからそのとき受け入れてくれる病院を見つけたと嬉しそうでした。逝くのを待つ場所でもある緩和ケア病棟で希望をかたるなんてなんてすごいんだと、彼の話にうなずくだけでこころで驚嘆していました。
彼は30才半ばの頃からニューヨークで暮らし、高額な絵画を取り扱う凄腕アートディーラーとして知られる存在でした。彼は一人っ子でしたが、私が知っている誰よりも親孝行な人で、親の世話に毎月のように名古屋とニューヨークを行き来していました。お母様の住むマンションのお世話係のお役が回ってきたときはマンションの管理委員会のためだけにお母さんのかわりに日本に帰ってきていました。お母様がピッツアの宅配が食べたいがそのやり方がわからないと聞いて、ニューヨークから戻ってきたこともあったそうです。そのお母様の7回忌、お父様の13回忌も今年済ませ、彼も気持ちの上で満願成就し安心したようです。昨年末だったか自分でつけた「成就」という戒名はその意味があるはず。彼は一生独身で過ごしましたが、父母の親孝行を自分で思ったように十分するため独り身として生きたと彼に聞いたこともあります。親孝行の世界選手権があれば日本代表にもなれるすごい人でした。
優しい笑顔とソフトな語り口のジェントルマンでしたが、自分が決めた生きるやり方だけは意地でも変えない愛すべき頑固者の公文康成くん、並みいるアスリートは遥かに超えたがんサヴァイバーでわれわれにあまりつらさ、苦しさは言わなかったのですが、これでがんの苦しみ痛みから解放されニルヴァーナに行けたことにホッともしています。ずっと一緒にいたので寂しさももちろんありますが思い出もいっぱい残してくれました。親孝行のグレートマンであり、豊川稲荷への篤い信仰もあり、高野山結縁灌頂も金剛界胎蔵界と両部コンプリートした彼が天上で安らかに眠ることは1000%間違い有りません。




