なぜ毛芯仕立てを選ぶか
当店でオーダーいただいたスーツ・ジャケットは販売価格にかかわらずすべて本バス毛芯(アンコンは毛芯)を縫いつけた技法によって作られています。なぜ毛芯仕立てにするかというと毛芯仕立ての上着はあきらかに立体感、丸みがあるからです。しかし一般的にはなぜ毛芯を選ぶかということはわかりにくいと感じていました。今回このことについて詳しく説明いたします。
オーダースーツ業界の現状
現在洋服職人さんが一着ずつ手で縫うハンドメイドオーダーは職人さん不足や仕立て代が20万円を越えるという割高感がありオーダーマーケットの一割以下となっています。オーダースーツのほとんどが洋服を分業体制で仕立てる縫製工場での仕立てとなっています。仮縫い付きをうたっているお店も仮縫いの後は縫製工場で仕立てている場合が多いようです。
縫製工場には二種類ある。
スーツ、ジャケットの縫製工場も規模の違いももちろんありますが、おおまかに申し上げて二種類の縫製工場に分けられます。それは接着仕立て専門工場と毛芯仕立て専門工場となります。当店の仕立てはすべてずっと日本国内の1か所の毛芯仕立て専門縫製工場で35年来仕立てられています。
接着仕立てとは
上着を仕立てる際、洋服の内部、表地の裏側の胸の部分に接着芯という服地の補強材を貼ってボリュームを出して表地を安定させています。安定について説明すると、ウールの素材はハイグラルエクスパンションと言ってウール素材は湿気を含むとわずかに伸びるのです。この動きがスーツの縫い目が波うつ原因となるのですが、そのクレームを抑えるために接着芯で裏貼りし服地の動きを止めます。また問題が出やすいイセも少なめに設定します。だから接着芯で仕立てた場合は服地の波うちが比較的すくなく仕上がりがキレイで接着芯専用工場は安定生産が可能でコストダウンも可能となります。ただイセも少ないため仕立て上がった上着は直線的で立体感に欠けます
イセるということ
洋服を仕立てる際、服地を「縮める」ようにアイロンワークを施します。これをイセといいます。例えば長さ10cmの縫い目を縫う場合、片方の縫い線を9.5cmにイセたとします。その2つを縫い合わせると9.5cmのほうに曲がっていきます。原理的にはこうやって丸みを表現します。
毛芯仕立てとは
上着を仕立てる際、洋服の内部、表地の裏側の胸の部分に毛芯というウールと綿の混紡の資材を縫いつけてボリュームを出しています。ハ刺しといって八の字を描いて縫い付けていくのですが縫製工場ではミシンで付けるとはいえ高い技術が必要です。毛芯そのものも接着芯と比べるとコストも掛かります。毛芯を縫い付ける時、毛芯や表地に湿気を与えたり前準備も必要なため残念ながら生産性は決して高いとはいえません。ただ服地と似た素材を縫い付けるため、型崩れの心配もありませんし、イセを多用してもウールで出来た芯がしなやかに沿っていきますので立体感を醸し出すことができます。ラペルもふんわり仕上がります。美しいスーツにするための隠れた技術です。
内部には毛芯を縫いつけています。
本バス芯 高さを表現するため
16年前、当店が担当する縫製工場の技術者がイタリアのナポリで仕立てられたジャケットを分解して中の構造を調べました。ナポリの毛芯は当時日本で使われていた毛芯とは違っていました。通常日本では肩の一部に小さく使われれる馬の尻尾の毛を横糸に使った本バス芯が薄い毛芯の胸の部分に大きく縫いつけられていました。日本一のモデリスタ、柴山登光先生とともにテーラーの間では胸の高さと言われるそのナポリのジャケットの豊かな立体感を再現すべく本バスを使った毛芯の開発とそれを使われることを前提としたパターン造りに着手し、豊かな「高さ」を実現できました。(2015/6のブログで書きました。)
当店が使う本バス毛芯
本バスの材料となる馬の尻尾の毛。横に使うが長い一本をそのまま使うのがいいとされている。
すべては立体感のため
高さのあるバスト、しなやかにやわらかくカーブを描くラペルを実現して立体感のある上着を実現するためには多少のコストアップと納期が掛かるのは目をつぶって当店で扱うすべてのメンズのスーツ、ジャケットは本バス毛芯仕立てをずっと続けています。(アンコンは毛芯のみ)
立体感のある洋服はまちがいなく美しい。この本バス毛芯仕立ては間違いなくだれが見ても違いがわかると信じています。
立体感のある胸としなやかなラペル