明日はロロピアーナトランクショーです。

明日7月23日(土)はロロピアーナトランクショーとなります。多くのお客様にご予約いただきました。ご来店を心よりお待ち申し上げております。

明日は多忙につきまして、出来上がったスーツ、シャツの納品は可能ですが、ご予約以外のお客様のオーダーの接客は難しいのです。なにとぞご理解頂ますようお願い申し上げます。

太陽の塔アゲイン

高速道路で大阪に通ると必ず太陽の塔が見えてくると胸がトキメキます。いつも絶対に行きたいと思いながら通り過ぎるのを残念に思っていました。昨日木曜日は大阪まで所用があり友人Kと朝10時の予約で万博記念公園に向いました。

1970年、大阪万国博覧会が開催されたとき私は小学6年生。弟と一緒に高速バスに乗って2回行ったこともいい思い出です。小学校の修学旅行も万博&奈良で、クラス全員で太陽の塔の中に入りました。奇しくもそのとき、警備をかいくぐって男が太陽の塔に侵入し、塔の目玉に籠城するゲリラ事件が起きていた最中でした。今そんなことが起きていたら太陽の塔への入場は中止されたはずですが、1970年の日本はまだまだのどか、目玉男が籠城中に太陽の塔を見学をしたのです。

古代の太鼓のリズムが鳴り、謎の仮面がほのかに見えるおどろおどろしい空間を抜けると極彩色の円筒空間にはアメーバ、三葉虫、オオム貝などがうごめく太い系統樹がそそりたちます。その周りをエレベーターでしずしずと登っていくと、両生類、恐竜、哺乳類、類人猿、そしてホモサピエンスとなり系統樹は色とりどりのはるかな天空に向かって伸びていきます。そして太陽の塔の腕を通ってお祭り広場の大屋根に立つと黒川紀章氏設計の未来のメタボリズムの住居がありその中に未来の葬送に使う「棺桶」がありました。短時間に太古の過去から未来へ、そして一人の人間の生と死を向き合い、小学生だったわたしはトラウマにも似たショックを受けました。

大阪万博終了後、太陽の塔はすぐ撤去される予定だったのですが、なにしろアーティスト岡本太郎のマスターピースとも言える出来栄えだったので各界から保存の声があがり、太陽の塔はとりあえず残されることとなりました。開催から48年にあたる2018年になんとまた内部が公開されたのです。耐震補強工事は入念にした上、当時の様子をなるべく残すようにしたそうです。そして昨日見た内部の光景はわたしのメモリーほぼそのままでした。まさに50年後の記憶の反芻です。あらためて仰ぎ見る太陽の塔は紛れもなく「アート」で、また日本の大都市全てが焼け野原になった第二次大戦の敗北からたった20年で世界の頂点に再び登っていこうとする「1970年代の日本人のきわめて高い熱量」がそのまま表現されているのをまざまざと見ました。

小学生の私をトラウマの淵に落とし込んだ内部

謎の仮面が並び、太古のリズムに満ちる暗がりから始まる。
岡本太郎が作った顔。なんなんだこれは!!とビビる小学生。
極彩色に光る、原始の生物は一体何なんだ。われわれに続く命のつながりを小学生でも一瞬に理解させるチカラ技。
太陽の塔はよく知られる前からのイメージだけでなく背中に位置するダークサイドもすごい。八百万の神々の荒ぶる魂か。
赤いラインの筆致はピカソにも勝る。顔の彫りの深さにも注目。
キュビズムを超えたキュビズム。大阪の千里にそそり立つ道祖神
この顔に立てこもった男は今どこに?

たった2年8ヶ月の短い期間で創造した岡本太郎。

たった2年8ヶ月であのすごいモニュメントを創造した。
最初のデッサンはだいぶ違う
塔のイメージがすこしずつ膨らむ
全面には5つの顔があるがだいぶ完成に近づく。
ぼくらはタローの子。