さきの木曜日、祖母の法事で沢上妙香園本社にうかがった。名古屋でいちばん大きな茶店である妙香園は亡き父の実家で、90を過ぎた父の兄である田中富治郎氏が今なお現役の代表取締役社長として采配をふるっている。聞けば社長になって70年以上でたぶん日本で一番長い期間社長を務めているそうだ。社長を中心に二家族の子供、孫たちがもめごともなく仲良く仕事に精をだして現在も妙香園をもりたてている。日本のさまざまな産地の茶園からいかに良質なお茶を安価で調達するかが茶店の経営を決する。60年以上ナンバーツーとして社長を支え続けている嶋村氏とともに各地から集まる数多くのお茶のサンプルをテイスティングしどれをどのくらいの量買い付けようかといまなお茶葉の調達に腕をふるう社長に今年のお茶の出来を聞くと、今年は天気が良くお茶の木が順調に生育したため良いお茶が豊作だそうだ。産地としては鹿児島県がこのところ良質なお茶の産地として注目されているとも話してくれた。一度妙香園でお茶のテイスティングの現場に居合わせた事があるが多くの茶碗にお茶を入れてはこれはどこ産の園茶だこれはどこ産の山茶だとか言いながら真剣にお茶を口に含み選んでいた。このように父のルーツはお茶の優秀な「バイヤー」だった。
92才を越えてもなお現役の田中富治郎社長
私は23の時、今の仕事であるテーラーを父と始めた。仕事をはじめて1年くらい経過したくらいから服地を買い付ける際、父は若造で洋服の事などなにも知らないに等しい当時の私に買い付け、それも買い付ける量の半分ほど私に選ばせてくれた。三本の指で服地を触り、その味わい、風合いを確かめた後、値段に見合った素材かどうか、どんな洋服になるかどうかをイメージしながら選んで行く。父もまた仕入れつまり買い付けの名人、名バイヤーだった。いい素材を織るメーカーを探し、そことなんとかつながる縁を探し取引を開始する。どんな柄をどれくらいに買い付けるか、それはずっと父の後ろ姿をみながら学んで来た事だ。こんなすごいメーカーと直接取引ができるようになったと喜んだ日もあったし、当時一番大きかった須田町の老舗の織物商に直接取引をお願いしにいき門前ばらいを喰った日もあった。父が18年前に亡くなりその後は私と妻とで名バイヤーであった父ならどう買うのだろうと想像しながら服地の買い付けをしている。
金曜日にはロロピアーナ社から担当者が来て来期の秋冬の買い付けを行った。一反単位の買い付けは反を織り上げるのに時間がかかるのですでに4月には完了していた。今回は一着単位にカットしたものを買い付けたのだが、世界のメンズのテーラーむけにこの秋冬リリースする服地のサンプル群の中なら選んで行く。沢山の中からどれを選ぶか、この1月行われたピッティウォモで見た洋服のイメージは買い付けにとって大いに助けになる。ロロピアーナは世界最高の原料を使いデザインも超一流でお客様の支持も多い服地であるので出来る限り良いスペックの素材を買い付けたい。ただイタリアはユーロなので昨年初来、日本円と比較し上昇していて、そのため服地の価格も上昇傾向にある。かといってそれをすべて販売価格に転嫁するとお客様の期待に背く事にもなる。難しい仕入れに頭を悩ませながら、今回も沢山のロロピアーナ素材を買い付けた。長くつき合っているロロピアーナの担当者は一軒のテーラーでこれだけ多くの素材を買い付ける店は日本でほかに無いと言ってくれた。9月以降お客様に喜んでいただくことを願っている。
いま我が息子は洋服とは関係ない業界のサラリーマンになって東京で働いている。どんな仕事をしているかくわしくは教えてくれないがどうやら彼もまたバイヤーとして調達の仕事をしているとのこと。親としては離れていて心配だが、まわりの人の期待に応えてがんばってほしい。 バイヤーの系譜を継いだものとして。
多くのサンプル群から今年買い付けるコレクションを決める。
ロロピアーナ社の担当者との付き合いも長くなった。
決めた柄にはシールを貼る。
ダメージ感がありながらエレガントなコットン、カシミア、シルクのヴェルベットも新しくリリース