ジョアン・ジルベルトが亡くなって一週間。CHEGA DE SAUDADEを久しぶりにギターをとって弾いてみる。複雑なコードなのに案外覚えている自分に驚いた。

30代なかばのころ、ジョアン・ジルベルトを知り、ボサノヴァにはまった。テンションコードといわれる難しいコードを覚え、一小節ずつ変わるコードにてこずりながらもなんとか弾けるようになり、次の課題はポルトガル語。ポルトガル語は歌にもっとも適した言語と言われる。歌詞を読んでもリエゾンするのでよくわからない。何度も何度も聞きカタカナで音写が正しい方法だった。ポルトガル語教室にも通ったりもした。最後に歌。ジョアン・ジルベルトのささやくような歌声を真似してもなかなか雰囲気は出るものではない。それっぽくはなったが、でもジョアン・ジルベルトに似ても似つかない代物だということは自分でも分かった。当時ときどきステージに立ったこともあったが、やはり素人の歌を聞かせるのは迷惑だと自覚。自分の部屋で自分のためだけに楽しむことにした。
いま同じ世代の音楽好きはおじさんバンドを組んで楽しんでいる人も多い。バンドでの演奏はとても楽しいことは知っている。でもわがままな人間を複数まとめる面倒くささや、下手な演奏をお客様に聞かせる迷惑を考えると、おじさんバンドは諦めて、ひとりソファでギターを弾きながら歌って楽しむのが自分のやり方となった。

ゴルフは好きでしょっちゅう練習に行き、うまくはないがゴルフコースでラウンドも楽しんでいる。でもメンバーになっているゴルフコースが主催するクラブコンペに参加することもほとんど無い。クラブコンペの際同伴者に嫌味なことを言われ、なんども傷ついた。そんなつまらない思いをするのだったら友達同士だけでラウンドを愉しめばいい。コンペに出て腕を上げても松山英樹のようになるわけでもない。

人と同じことはできないことはいろいろなことで気がついてはいるがそれがわたしなのだからしょうがないと諦めている。
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一小節ごとにテンションコードが変わるのがボサノヴァ。