メンズのクラシックな装いを身につけるには先達から聞くのが一番かもしれないが、そんな方に早々巡り会える訳でもないので書物や雑誌を読む事で知識を深めることになる。わたしはテーラーという仕事上、書店であまり多くはない洋服関係の単行本を見ると必ず買う事にしている。現在ではMEN`sEXなど古くはMEN`s CLUBなども雑誌も良いが、見えないところに広告主がいる「広告」と「記事」が混沌としていて、他の言葉は知らないのか「究極」「こだわり」の言葉が目につき、いかがなものかと思うこともある。単行本も玉石混淆で知識の浅さや体のいい広告のような書物でがっかりすることもないことはないが、長年テーラーをやっているのに初めて知った記述を目にし感激する書物にであうこともある。いまは残念ながら日本語版が絶版となっているベルンハルト・ハッツエル著「GENTLEMEN」は10年以上前だったか名古屋パルコ南館にある書店で見つけて厚い本にもかかわらず2000円の安さもあって買った本の一つだがこれはずっと繰り返し読んでいるクラシックスタイルについて良書だ。何人もの友人から貸してくれといわれたが返ってこないと嫌だから断り続けたのでなんとか今でも当店にある。滑らかな文章ではないがヨーロッパ人特有の諧謔味を含んだテクストとスマートなレイアウトではないが的確な画像は読んでいて楽しくなる。
スポーツジャケットについての記述はこんな調子。(p126)

もし100%完璧な英国式ジャケットが欲しいなら、ロンドンの有名な仕立て街サヴィル・ロウで買えば間違いない。しかし多くの男性は世界的に認められたイタリア風のもののほうが落ち着くと感じている。仕立てがより都会的でエレガントなことと、イタリアの仕立て屋の技に心ひかれてしまうからでもある。ブリオーニ、キトン、バルベラが作り出すエレガントなスポーツジャケットを見れば、メンズウェアに色彩を復活させたのがイタリア人だということがよくわかる。あれこれと述べたがほとんど手作りか、あるいは完全に手作りのスポーツジャケットの場合、それが英国製であってもイタリア製であっても肝心なのはその品質なのである。


本人の気持ちと解説する気持ちがミックスされた文章がメンズスタイル全体を網羅していてとても興味深い。当店の縫製を担当している工房は35年ほど前ウイーンの名テーラーKNIZEと提携していたことがあった。今日本でもサヴィルロウのヘンリープール、ローマのカラチェニ、フィレンツェのリベラーノなどは知っている方もあるがいまこのKNIZEを語る方はいない。しかしこの本にはちゃんとあのマレーネデートリッヒがここでオーダーしていたと書き綴っている。とつとつとした語りのなかに記述の細密さ、正確性がありともても楽しい。
IMG_7754
左が日本語版、右がイタリア語版、日本語版のほうが表紙がちょっとヘンでイタリア語版のほうが洗練されているが内容はほとんど同じ。

フィレンツェのマリックの店主アンドレアからは時々書物をプレゼントされる。彼から頂く本は楽しい本ばかりだが今年いただいたのはこの本のイタリア語版だった。日本語版の後に出ているため新しい画像も追加されている。ときどき錆び付いたぼくのイタリア語能力をちょっとだけ思い出すためイタリア語版もときどき読んでいる。
IMG_7753
 上がイタリア語版 下が日本語版