栄をあるいていて広小路通のクラシックなビルの一階にある高級食料品店明治屋が来月で店を閉めるという張り紙に気がついた。わたしが産まれたときからずっとある店で広小路のランドマークだった。欧米の食材やワインをはじめめずらしい酒類、ケーキの材料などハイクオリティな生活スタイルがここには存在した。高校生の頃ビートルズを気取って屋上ライブを決行した思い出深いとなりの丸善もすでにビルの取り壊しを完了して時間貸しの駐車場になってしまった。来月にはよく通った柳橋のMIDゴルフ練習場も営業を終了する。
なじんだ場所の閉店がつづくというとちょっとブルーな気分。なんだか自分の住んでいる街、名古屋がだんだんすたれて来たんじゃないかとそんな思いさえしてくる。でも考えてみるとそれはどうやら間違いのようだ。これは私自身が
歳を取るに従って自分が築いた「世界」が劣化してきただけの現象。人間は生きて行く中で場所、ヒト、モノ、コトを自分が選択して、環境を整えていくことで「マイワールド」が出来る。それがだんだん生きている時間を経過するにしたがって壊れてくる。「歳をとる」ということはどうやらこういう事のようだ。 次の世代の子供たち、若者たちは新しい場所、ヒト、モノ、コトを選択して彼らの新しい世界を構築して行くのだろう。新しいものと陳腐なものが代謝をくりかえす営みがこれからも営々と続くと考えるべきだ。どうしても共感できないミュージシャンの坂本龍一は日本はあと20年でおしまいなどど終末論を語っているが、それは坂本の「世界」が劣化しただけで日本、世界が劣化したわけではない。ただただ彼の頭が老人化したということにほかならない。

クラシックな建物を撤去し建て変わるとガラスとアルミの無機質なビルになっていくのだろう。最近は東京駅の周辺の丸ビルや中央郵便局のように外観を一部残すようにもなってきた。コストは掛かるがクラシックな装いを残した方がよりエレガントだとみんなが感じ始めた証でもある。ヨーロッパの街の歴史的地区はずっと古いまま残される。たとえば500年前ヴェネチアを書いた絵の情景はいまもかわらず、 時が止まったようにも感じられる。とはいえ昨年ロンドンに行った際にその前の年にみつけた感じのいいアイリッシュパブを探したがテナントが入れ替わっていて跡かたもなかった。ロンドン中心部のテナント料はとても高いと聞いている。建物は古いままでも中はどんどんかわり、シティオブウェストミンスターの新陳代謝は活発なようだ。栄地区で生まれ育ちそして今でも生きているわたしは名古屋、そして栄の活発な新陳代謝を願わざるをえない。

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PROVISONS&WINES MEIDI-YA CO.LTD の文字の下、明治屋名古屋支店の文字はクラシカルに右から左に書かれている。閉店のお知らせを残念そうにながめる人も多い。
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広小路のランドマークだったこのビルはよく見るとアールデコ調でもある。